東京地方裁判所 昭和39年(ワ)1151号 判決 1965年12月01日
原告 斎藤助昇
代理人 内藤丈夫 外一名
被告 国
代理人 鎌田泰輝 外一名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実<省略>
理由
原告の主張する刀剣が果して陸奥大塚三善長道作の刀剣であるかどうかは別として原告が昭和二〇年一〇月六日に三善長道作と称する刀剣一振(以下本件刀という。)を浦和警察署に提出したことは当事者間に争がなく、そのころ原告が父祖伝来のものとして本件刀を所有していたことはその本人供述によつて認めることができる。
そして、連合国最高司令官が昭和二〇年九月二日に発した日本国政府あての指令第一号付属一般命令第一号第一一項において「連合国占領軍指揮官の指示ある際一般日本国民の所有する一切の武器を蒐集し、かつ、引渡すための準備をなしおくべし」として占領目的の遂行上超憲法的権限を有する連合国最高司令官のいわゆる直接管理方式による命令及びこれに基づく連合国占領軍指揮官の指示によつて当時全国的規模において刀剣回収がおこなわれた旨の被告主張事実は、原告のあきらかに争わないところであり、成立に争のない甲第一号証の記載及び証人栗原の証言によると、浦和警察署では、刀剣回収の実施にあたつて、その所持者から提出された刀剣は、占領軍の引渡命令に基づく蒐集及び引渡準備のために占領軍の機関たる地位においてこれを一時保管することとして、前記命令に基づき保管する旨を記載した保管証(甲第一号証はその一例である。)を当該刀剣提出者に交付する取扱いをしていた事実を認めることができ、原告の本人尋問の結果によると、原告は本件刀を提出して同署係員から同旨記載の保管証(甲第一号証)の交付を受けたことが認められるから右のとおり浦和警察署が本件刀を保管したといつても、それは、もつぱら連合国最高司令官の武器等の引渡命令にいう蒐集及び引渡準備を忠実に実施するためにその機関として一時保管したまでのことであつて、浦和警察署がその責任において原告のために本件刀の保管をし、及びその保管を約したわけではない。いいかえると、右にいう保管は連合国占領軍のおこなう刀剣回収の実施過程の一環たるにすぎないというべきであつて、前記甲第一号証の記載によつても、右認定をくつがえして、原告主張のとおり、被告において本件刀を原告のために保管するものであることを肯認するに足りず、ほかに反対の証拠もない。したがつて、被告が本件刀の保管につき原告に対してその責に任ずべきいわれはないといわなければならない。
なお、原告は、美術的骨董的価値の高い刀剣については、所轄警察署に登録して提出の用意をするにとどめ、あらためて指示があるまでその回収を見合わせることとした除外例が定められていたところ、本件刀は美術的価値の高い刀剣であつて、もとより連合国占領軍に引き渡すべき代物ではないし、かつ、一旦回収された刀剣でも美術的骨董的価値の高いものはふたたび日本国政府に返還されたのであるから、被告において本件刀を原告のために保管していることにかわりはないし、又被告の係警察職員の蒐集行為には過失があつた、と主張するようである。なるほど、原告の主張するとおりの除外例の定めがあつたことについては、被告も認めてこれを争わないし、証人佐藤の証言によると、回収刀剣約六〇万ないし七〇万本のうちから約五二〇〇本が審査の結果いわゆるAクラスの刀剣として昭和二二年一二月に返還され、そのうち元所有者に還付された約一一〇〇本を除いて、現在国立博物館において約四〇〇〇本を保管している事実が認められる。しかしながら、成立に争のない乙第三号証、原本及びその存在につき争のない乙第二号証の四(写)、証人堀込の証言により、真正に成立したと認める乙第四号証の各記載、証人栗原、同宮田及び同堀込の各証言並びに本件弁論の全趣旨を合わせると、連合国最高司令官の日本国政府あての前記指令条項にいわゆる武器引渡命令及びその除外例の定めについては、占領統治草創の至上命題として当時新聞、ラジオはもとより、隣保組織たる町内会や隣組の伝達によつて周知徹底が期せられ、とくに刀剣回収ということがら自体無条件降伏をとげた日本の国民に一切の武器を温存させまいとする徹底的な占領軍行政のいわば刀狩りにほかならないというきびしい様相をもつて日本人にうけとめられたが、しかし、その反面在来の日本刀剣についての日本人の格別な顧慮ないし根強い愛惜から、右除外例の拡張適用が大胆におこなわれるという皮肉な現象をもたらし、刀剣回収の実施にあたつて、とくに浦和警察署管内においては、あらかじめ、刀剣の届出者に対して必ず除外例の定めにつき念入りに趣旨を説示し、それらしき趣旨の申出があり次第、当該刀剣が真実美術的骨董的価値の高いものであるかどうかをなんら審査しないで、もつぱらその申出のままをうのみにして「……美術的骨董的価値ノ高キモノニシテ保管ヲ許可ス」と記載した刀剣保管証(乙第三号証はその一例である。)を届出者に交付して、当該刀剣の自宅保管を許容する取扱いが一般化していた事情を認めることができるから、同署における本件刀の提出にさいしても、あらかじめ右認定のごとき除外例についての趣旨が説示されたものと推認する(原告の本人供述中右認定に反する部分はにわかに信用しがたい。)ほかない。したがつて、原告において本件刀につき右除外例取扱いの申出をしなかつたことは原告の自認するとおりであり、除外例の定めについては、みぎに認定したとおり、その周知徹底及び取扱いの趣旨説示がおこなわれているのであるから、たとい本件刀が美術的価値の高いもので、当然に除外例の適用扱いを受くべかりし刀剣であつたとしても、同署係員において本件刀を除外例該当として取り扱わず、原告からの除外例取扱いの申出のないまま一般回収刀剣として占領軍に引き渡したこと(なおあとでふれる。)は、これを非難するに値しないというべきである。そして、証人栗原、同堀込の各証言によると、浦和警察署が回収した刀剣類はおそくとも昭和二二年二月頃までに連合国占領軍司令官に対する引渡しを完了した事実が認められるけれども、成立に争のない乙第一号証の記載に証人佐藤の証言を合わせると、連合国占領軍司令官に一旦引渡をおえた刀剣で再び返還を受けたもののうち提出元不詳のまま国立博物館において昭和三九年五月一四日現在保管している刀剣中には本件刀に該当するものが見当らないことを認めることができるから、特別の事情のないかぎり、本件刀については、連合国最高司令官の武器引渡命令に基づく前記刀剣回収によつて当時原告においてその所有権を喪失したとみるが相当である。
以上述べた理由により、原告の本訴請求は、その理由のないことが明らかであるから、これを失当として棄却すべきである。そこで、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中川幹郎 浜秀和 前川鉄郎)